関西学院大学サッカー部に繋がる一貫指導で、楽しく賢く考えるサッカー!

56.フェアプレー

おもろい話

a:657 t:1 y:1

楽しい事をメモしておくと人生が楽しくなると言う。
サッカーに関係あることないこと、楽しかったことや面白かったこと、
心打たれたことなどページをめくってみよう。

フェアプレー

画像の説明

勝つことを目的としているスポーツ競技において、フェア
プレーとは何かという事はなかなか簡単ではない。

以前ワールドカップの日本の試合を見て、ビートたけしさん
が 「いつから日本人は相手のユニホームを引っ張っても
勝とうとするようになったのだろう?」と疑問を呈したので、
”ドキッ!”としたことがあった。

中学生の時の校長先生(中学部長)の「スポーツはただ勝つ
ことが目的ではありません。強い身体がそれによって鍛えられ、美しい精神、たくましい精神が
それによって鍛えられるものでなくてはなりません。」という言葉を思い出したからです。


サッカー  

画像の説明

最近のトップレベルのサッカーでは、勝負にこだわるあまり激しすぎる
プレーや審判の目を欺く巧妙なファールやルールの抜け穴探しが多発して
いる。

かつては、最もルールの簡単なスポーツと言われたサッカーだが、今や
ルールの改正や解釈の変更がいっぱいあって非常に複雑になっている。


プレミアリーグでの試合中、相手の強いあたりでグランドの外へはね飛ばされた選手がいた。

その選手は足を痛めたがグランド外なので審判はプレイを止めない。そこでその選手は審判の
見ていない時にゴロゴロと転がってグランドの中に入りプレーの中断を要求した。

それを見ていた観衆は、その後その選手がボールを持つたびに激しいブーイングを浴びせ続けた。
サッカーは格闘技なので激しいファールや乱暴なプレーも許せるが、卑怯なプレイは許さない
と言うのが多くの観衆の気持ちでしょう。

画像の説明

日本のサッカーはまだまだ甘いと言われるが、
間違ったマリーシア(ずる賢さ)は要らない。

本当のマリーシア(勝つための豊富な経験から
得た知恵)は必要でしょうが、日本は日本らしい
”リスペクト”と"いさぎよさ”を追求したら良いので
はないでしょうか?





清水/チルデンの戦い(テニス 清水善造/ビル・チルデン)

画像の説明

1920年ウィンブルドン選手権の準決勝で、芝生で滑って転倒した
チルデンに対し清水は柔らかい緩いボールを返した。

相手のミスに乗じて攻撃することを”いさぎよし”としなかったのです。

チルデンは体制を立て直して強いボールを打ち返しそれがエースに
なった。
それを見た観衆はスタンディングオベーションで清水をたたえた。
結果としてこの試合はチルデンが勝ち、清水は準決勝敗退となった。

試合が終わり、2人がコートを後にした後もしばらく清水に対する
賞賛の拍手が鳴り止まなかったと言う。

清水はその温厚な性格と常に笑を絶やさない風貌からSmily Shimmy(ニコニコ清水)と呼ばれ
たが、プレー中ボールを打つ瞬間は鬼のような形相をしていたと言う。

この話は小学校(中学校だったか?)の教科書に載っていたと思うが、デ杯の日本・アメリカの
決勝での話だという説もある。

清水は余裕がありすぎて、転倒したチルデンの右に打とうか?左に打とうか?迷って真ん中
にゆるく打ってしまったという説もあります。

本人は「私のボールはいつもゆるいからそう見えたのかも知れませんね」と言っている。
わざとゆるいボールを打つのは、逆に勝つことを目標に戦っているスポーツの精神に反すると
いうことを言いたかったのだと思う。

チルデンにはいろいろなスキャンダルがあり、清水はある時チルデンに「テニスでは君に勝て
なかったが、人生では僕の方が幸せだったかもしれないねぇ」と言ったと言います。

関学大教育学部の藤木大三教授はこの清水善造さんのお孫さんとのことです。

モハメッド・アリ・ラシュワン(柔道 エジプト)

画像の説明

ラシュワン選手は、1984年のロスオリンピック
の男子無差別級決勝で山下泰裕と対戦し、敗れて
銀メダルとなった。

決勝では負傷していた山下の右足を攻めなかった
と言うことが話題になり、国際フェアプレー賞
を受賞した。

しかし後日、山下は「ラシュワンが怪我をした私の右足を気遣って全く右の技をかけなかったと言うのは事実ではない」と語っている。

ラシュワンが最初の攻撃で右足を狙ってきたが山下が普段と逆の左足を軸にして返しに行き、
そのまま押さえ込みに入って1本勝ちとなったのが真相であるようだ。

山下はこれについて「ラシュワンは決して卑怯な手段を使っていない。そもそも怪我をした
ところを狙うのは立派な戦略である」と語っている。

一方、ラシュワンは日本人記者に「なぜもっと右足を攻めなかったのか?」と聞かれて、
(困ったような顔で)「私はアラブの誇りを持って戦った」とだけ答えた。

表彰式の時、足を負傷している山下が表彰台に上がろうとするとラシュワンが手を貸した。
これを見て思い出したことがある。

仕事でエジプトに行った時、砂漠の真ん中で車が砂にタイヤを取られ脱出できなくなった。
通りがかりの車から人が降りてきて、みんなで車を押して脱出させてくれた。
その頃まだ珍しかった小型の計算機をお礼に渡そうとすると、断固として受け取らない。

砂漠の民は助け合うことは当たり前の事なので、助けても絶対にお礼を受け取らないのだ
そうです。

生死がいつも隣り合わせにある厳しい環境の中で育った人は、困った人に自然に手を差し出す
ようになるようです。

ハーバード大の研究でも、”お手伝いのできる子供”が成功する人に育つということが証明された
そうです。

こんなに優しい砂漠の民に早く平和が訪れますように!


powered by Quick Homepage Maker 4.7
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional