関西学院大学サッカー部に繋がる一貫指導で、楽しく賢く考えるサッカー!

52.レジェンド

おもろい話

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楽しい事をメモしておくと人生が楽しくなると言う。
サッカーに関係あることないこと、楽しかったことや面白かったこと、
心打たれたことなどページをめくってみよう。

レジェンド

関西学院の中・高・大学のサッカー部に伝わる「Y君の精神」の話です。
Yさんは関西学院の中・高・大学サッカー部で尾崎先生の2つ上の先輩です。

中学部の礼拝での中学部長(校長)のお話「Y君の精神」

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Y君は中学部に入学し、サッカー部に入部しました。
サッカーをやるのは初めてでしたが、サッカーが大好きに
なりました。毎日の練習も休まず、毎朝の朝練も欠かさず
一生懸命、夢中になってサッカーに取り組んでいました。

しかしその努力にもかかわらず3年生になっても一度も試合に
出ることができませんでした。

どれほどの頑張り様であったか、周りの人たちはよく知っていました。

卒業の時、周りの友達や先輩そして監督の先生まで高校ではサッカー以外の道に進んだらどうか
と勧めました。

Y君は体が小さく細くてサッカーで試合に出るのは難しいと思われました。反面、音楽や
美術や英語で豊かな才能を持っていたからそちらに方向転換してはどうかと勧められたのです。

しかしその時、Y君は涙ながらに「サッカーが大好きです。試合に出られるように頑張ります
から続けさせてください」と頼みました。

そして高校でもサッカー部に入り3年間一生懸命に練習しましたが、やはり一度も試合に
出ることができませんでした。

大学に進む時、周りの人たちは以前にも増して強く「サッカーをやめて別の道に進むように」
勧めました。

その当時は関学大のサッカー部は日本代表選手も多く輩出し、大学チャンピオンや天皇杯を
獲得するなど国内有数の強豪チームだったので、ますます試合に出るチャンスは少ない
だろうと心配したのです。

しかしY君は敢然として自分の好きなサッカーの道に進み大学でもサッカー部に入り夢中で
ボールを追いかけています。

画像の説明

このように本当に自分の好きなことに打ち込み努力し、
誰になんと言われようが折れることのない強い心で我が道
を行く。

これこそが関西学院の運動部のモットーである
「Noble stubbornness」(高貴なる粘り/高貴な頑固さ)
である。 と話されました。 

この礼拝の時はYさんはまだ大学在学中で現役の選手だったので、先生はスポーツマン
である本人のプライドを思いやり「Y君」と言って名前を伏せたのだと思います。

(自画自賛、自慢、我田引水)
50年を遥かに超える過去のチャペルでの校長先生の話をここまで鮮明に覚えている。
この少年Eがどのような気持ちと真剣さを持って礼拝に臨んでいたかがよくわかりますね!

サッカーの神様のご褒美

画像の説明

物語は続きます。
Yさんは大学4回生になってもまだ一度も試合に出ていません。

この年、関西学生サッカーリーグでは関学と関大が全勝同士で
対戦しましたが、直接対決でも決着がつかず引き分けに終わり
ました。

この試合で決着がついておれば「関西学生サッカーリーグ」
は終わりでした。

しかしこの頃は得失点差による順位決定という制度がなく、関学と関大は再試合をすることに
なりました。

その再試合の途中Yさんが交替選手として出場しました。
中学部でサッカー部に入部以来10年目で初めて公式戦に出場したのです。

そしてこの10年間ひたすらボールを追い続けたYさんに、サッカーの神様は素晴らしい
贈り物を用意してくれたのです。

何と! Yさんが初めて触ったボールは相手のゴールを突き刺し、決勝点となったのです。

これは奇跡としか言いようのない出来事ではありませんか!

そして関西学生サッカーリーグで優勝した関学はこの後関東学生リーグの優勝チーム早稲田大学
と王座決定戦を行いました。
当時はまだサッカーが地方にまで普及しておらず関東と関西の学生リーグの優勝チームが
「王座決定戦」を戦い、勝ったチームが全日本学生チャンピオンでした。

そしてこの試合で再び出場したYさんは、またもや1点をゴールして早稲田大学に2−1で
勝ち関学大サッカー部は学生チャンピオンに輝きました。

10年間で2試合に出場し2点を取って、チームを関西学生リーグ優勝と大学チャンピオンに
導いたのです。

これがサッカーの神様の贈り物以外の何なのでしょうか!

レジェンドの誕生です。


そーだったのか! 奇跡は偶然には起こらないのだ!

画像の説明

2006年この伝説のYさんと一緒にドイツW杯を見に行き
ました。
移動のバスの中でこの時の話を聞いてみました。

Yさんは、「実はあまり人には話してはいないのだが」と言い
ながら次のような話しをして下さいました。

4回生の夏休み、大学のサッカー部の合宿があった。その時自分はまだBチームにいた。
その合宿に大先輩の鴇田さん(ときたまさのり、メルボルンオリンピック代表チーム
キャプテン、日本のサッカー史上最高のウィングプレーヤーと言われる)が来てくださった。

鴇田さんは「試合に出ていないもの集まれ」と言われて、控え選手は集められた。

そこで鴇田さんは、
「君たちは監督はなぜ自分を使ってくれないのかと不満をもっているものもいるだろう。」

「あるいは自分はこんなにやっても出られないとあきらめているものもいるだろう。」

と言われました。

しかし君たちはまちがっている。君たちが試合に出られないのは

「努力が足りないか、間違ったことをやっているかのどちらかしかない」

と断言された。

それを聞いて今まで自分は一生懸命にやってきたつもりだったけどまだ足りないと思った。
そしてそのすぐ後の練習からもっともっと集中して練習するようになった。
それが認められて最後の試合に出してもらえたのだと思う。

これが奇跡の学生リーグ優勝と学生王座を決めた2得点の原点となったのです。

「練習は裏切らない」 「練習は嘘つかない」

この"Noble stubornness"のレジェンドの主の名は「山田太郎さん」と言います。
啓明サッカー部OBの中村颯くんは山田さんの親戚にあたりますので、啓明サッカーにとっても
身近かな人でもあります。

鴇田さんの言葉は、超一流の天才しか言えない厳しい言葉と思われがちですが、この言葉の中に
どれほど熱く優しく後輩を思う気持ちがこもっているか考えてみて下さい。

その言葉を夢中にサッカーに取り組んできたからこそ身に沁みて受け入れられた山田太郎さん。

このような凄い先輩たちが創り上げた伝統の中で、関学大サッカーは今も進化し続けています。

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