関西学院大学サッカー部に繋がる一貫指導で、楽しく賢く考えるサッカー!

キヨさんシリーズ①

おもろい話

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楽しい事をメモしておくと人生が楽しくなると言う。
サッカーに関係あることないこと、楽しかったことや面白かったこと、
心打たれたことなどページをめくってみよう。

中学生はトライやるウィークが始まった。
どんなにやりがいのある事も,仕事となると厳しいしつらい事もある。
しかしそんな時愉快な楽しい仲間がいると,きつい仕事も楽しくやれると云うものです。

キヨさんシリーズ①、キヨさんは方向音痴 (タイ 1993年 4 月)  

さわやかキヨさん

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キヨさんは私より2歳下のエンジニアです。
日本では休日は少年野球の指導をしているので顔は真っ黒け。
東南アジアへ行けば,これも休日はゴルフをするので真っ黒け。
真っ黒な鬼瓦のような顔ですがまことに愉快でさわやかな人です。

エンジニアですが、お客さんの意見を何より大切にする、いわゆる
お客様第一が身体に染み付いた熱血漢です。

リージェントホテル

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初めてキヨさんとバンコックに着いたとき、現地事務所長がリージェントホテル
を取ってくれました。
所長は長期滞在の我々は今後安いホテルに泊まることになるであろう事を見越し
て、事務所に近い一流ホテルも知っておく必要ありと考えて泊めたのでした。

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このホテルはロイヤルバンコックスポーツクラブの前にあり
ました。
休日にはスポーツクラブで競馬が行なわれていたのが窓から
見えたし、その内側にはゴルフ場やサッカー場も見えました。

ホテルの前に大通りがあり、左に10分も歩いて行くとシーロム
通りとラマ3世通りの交差する中心街があり、そこにロビンソンデパートがありました。

キヨさんの買い物

キヨさんは早速長期滞在に備え身の回りの物を少し買いたくてロビンソンへ行こうと思いました。フロントに聞くと前の道を真っ直ぐ10分も歩けば良いと教えてくれました。

買い物をした帰り、その大通りを歩いて帰ってきましたが、日本から着いてすぐだったし暑さも
こたえる。10分も歩くと汗が噴出し方向音痴のキヨさんは、なんとなく不安にもなり、何と
リージェントホテルの向かい側まで来た時、ついにタクシーを止めました。

バンコックのタクシー

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「リージェントホテル」と大きな声で行き先を告げ、タクシー
に乗り込みました。
運転手はあれっ!と思いましたが既にメーターを倒していました。

その当時バンコックでは政府がタクシーのネゴによる値決めを
厳しく禁止してメーターによって料金を請求するよう指導して
いました。

それまでは,タクシーにメーターがついていても料金は乗る時に運転手と交渉して「目的地
まで幾ら」と値段を決めていました。
地理にうとい観光客などには高く吹っかける“雲助タクシー”が多かったのです。

政府は、観光客を増やし,観光による収入を上げるために安心して観光できるようにしようと
一生懸命だったのです。

タクシーの運転手は大通りをUターンしてホテルのエントランスへ車をつけ「30バーツです」
と請求しました。

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乗車時間20秒、30バーツ。キヨさんは真っ赤になって怒り、
値切りましたが運転手はメーター以外の料金は認められないと
言い張り結局キヨさんは30バーツ払うことになりました。
30バーツは当時も90円ぐらいでした。

このとき以来、キヨさんの方向音痴は有名になり、且つメーター制
を強く進めているバンコックでタクシーを値切った男第1号と言う
評価も与えられました。

(ちなみに上の写真はタクシーではなく”サムロー”というもので、これは今でも料金は乗る時
 に交渉します。)


そーだったのか〜!

その後もキヨさんは食事に出るたびに、必ず行き先と反対の方へ歩き出すのでした。
それを知っている人の悪い皆は,キヨさんが反対方向に歩き出すのを待って,声を揃えて
「キヨさ〜ん!どこへ行くの〜?」 
キヨさんはいつも照れたような顔をして「え〜、こっちじゃないの?」

我々が一年間通った会社の事務所のビルは真ん中にエレベーターホールがありました。
我々は毎朝ビルの入り口に近い所で車から降り、帰りはビルの反対側の出口に近い方
から車に乗り込んでいました。

キヨさんは1年後、降車していた場所と乗車していた場所とが違うと言うことに初めて
気が付き「ああ、そうだったのか~!」と大声でガッテンしました。

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